井上順の音楽人生とは?ザ・スパイダース、難聴、友情…波乱万丈の軌跡を振り返る?井上順、音楽と人生を語る
井上順と堺正章、伝説のGS「ザ・スパイダース」で出会った二人の60年越しの絆! 13歳で音楽に目覚め、不良グループ「野獣会」からスタートした井上。生意気だった少年時代から、互いを支え合う関係へと変わった二人の秘話が明らかに。堺の優しさに井上が感謝し、生涯現役を誓う堺と、井上の意外な決意とは? 80歳を迎えても輝き続ける二人の、息の合ったトークは必見!

💡 13歳で音楽の世界へ足を踏み入れ、ザ・スパイダースとしての活躍やソロ活動など、音楽人生を多岐にわたって紹介
💡 ザ・スパイダース結成秘話や、GSブームを牽引した初期の苦労についても触れます。
💡 難聴を乗り越え、友情を深めながら活動を続ける井上順さんの、現在と未来を探ります。
井上順さんの音楽への情熱、そして人生の様々な出来事を紐解いていきましょう。
音楽への目覚めと出会い
井上順の音楽人生を変えた出会いとは?
六本木の「野獣会」と峰岸徹氏。
井上順さんの音楽人生は、13歳の頃、母親の紹介で六本木のグループ「野獣会」との出会いから始まりました。
そこでの経験が、彼の音楽への扉を開くきっかけとなりました。

✅ 井上順さんは、13歳の時に母親の紹介で六本木のグループ「野獣会」に出会い、メンバーとの交流を通じて洋楽やパフォーマンスに触れ、芸能界への道を歩み始めた。
✅ 「野獣会」は、峰岸徹さんをはじめ、音楽や演劇に情熱を燃やす若者たちの集まりであり、井上さんはそこで音楽の指導を受け、ジャズ喫茶でのステージ経験を積んだ。
✅ 渡辺プロダクションの渡邊美佐さんのバックアップもあり、井上さんは「野獣会」での経験を通じて、多くのスターたちと共に切磋琢磨し、自身の才能を磨いた。
さらに読む ⇒ぼくのおじさん|おじさんの知恵袋マガジン|MON ONCLE出典/画像元: https://www.mononcle.jp/column/interview/8617/井上順さんの音楽に対する情熱を育んだ「野獣会」での出会いと経験は、その後の彼の音楽人生の基盤を築いたと言えるでしょう。
良き仲間との出会いは、大きな影響を与えたはずです。
井上順は、13歳の頃、母親の紹介で六本木の「野獣会」というグループと出会い、そのメンバーである峰岸徹氏らに影響を受け、音楽の世界へ足を踏み入れた。
六本木は米軍基地があり、アメリカのような雰囲気で、野獣会は映画や音楽、ファッションなど、様々な分野に夢を持つ若者たちの集まりだった。
峰岸氏の指導の下で音楽学院に通いながら、ジャズ喫茶でのライブ活動を開始し、渡辺美佐氏のバックアップも受けた。
そこには、中尾ミエ、梓みちよ、伊藤ゆかり、木の実ナナといった大スターもいて、井上氏は彼らとの交流を通じて、エンターテイナーとしての基礎を築いた。
野獣会は、井上氏にとって単なる不良集団ではなく、夢を共有し、支え合う仲間たちの集まりであった。
いやあ、六本木ですか。あの頃の六本木は、アメリカ文化が溢れていて、若者たちの憧れの場所でしたよね。野獣会のような集まりがあったのも、時代を感じますね。
ザ・スパイダース結成と初期の苦労
井上順、ザ・スパイダースで何を担当?デビュー曲は?
ツインヴォーカル!デビュー曲は「フリフリ」!
1960年代、GS(グループ・サウンズ)ブームを牽引したザ・スパイダース。
井上順さんもそのメンバーとして活躍しました。
結成から初期の苦労、そしてその後の成功について見ていきましょう。

✅ ザ・スパイダースは1961年に結成された日本のバンドで、田辺昭知を中心に、かまやつひろし、堺正章、井上順らを含むメンバーで構成された。
✅ GS(グループ・サウンズ)ブームを牽引し、「フリフリ」や「バン・バン・バン」など数々の名曲を世に送り出した。
✅ ビートルズやローリング・ストーンズなどブリティッシュ・ビートに影響を受けた音楽性と、メンバーのコミカルな要素が人気を博し、1970年に解散した。
さらに読む ⇒WEBザテレビジョン出典/画像元: https://thetv.jp/person/0000106318/ザ・スパイダースの結成は、井上順さんの音楽人生における大きな転換点でした。
GSブームを牽引したバンドとして、多くの人々に影響を与えたことは間違いありません。
井上順は、音楽に衝撃を受け、その後バンド活動を開始。
16歳でグループ・サウンズバンド「ザ・スパイダース」に、リーダーの田邊昭知にスカウトされ、堺正章とツインヴォーカルを務めることになった。
彼らは「ビートルズ」や「ローリング・ストーンズ」の影響を受けた楽曲を演奏し、海外アーティストの前座としても活動したが、当初は人気が出なかった。
1965年にはファーストシングル「フリフリ」でレコードデビューし、ブリティッシュ・ビートやミリタリールックを取り入れ、コミカルな演出も得意とする実力派バンドとして評価された。
1966年には「日劇ウエスタンカーニバル」にも出演したが、当時の音楽シーンでは青春歌謡やムード歌謡が主流であり、ヒットには恵まれなかった。
ザ・スパイダースは、まさに青春時代を彩ったバンドでした。ブリティッシュ・ビートを取り入れた音楽性は、当時としては斬新で、私もよく聴いていましたよ。
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堺正章と井上順、60年超の絆!ザ・スパイダース時代から変わらぬ名コンビが、年齢を感じさせないトークと互いへの深い愛情を語り合う。感動と笑いが満載!