松岡享子氏の功績:児童文学、翻訳家、86年の生涯を振り返る?児童文学界への貢献:言葉と想像力の重要性
児童文学に生涯を捧げた松岡享子。翻訳・創作200冊超、東京子ども図書館設立、国際アンデルセン賞選考委員も務めた。子ども達の想像力育成を重視し、語りや読書で言葉の力を伝えた。数々の受賞歴を持ち、文化功労者としても顕彰されたその功績を辿る。
💡 児童文学者、翻訳家、教育者として活躍し、児童図書館の充実に尽力
💡 数々の児童書の翻訳・創作を手がけ、子供たちの読書を推進
💡 東京子ども図書館の設立や国際交流にも貢献し、文化功労者としても顕彰
彼女の生涯と業績を紐解きながら、児童文学の世界へ足を踏み入れていきましょう。
児童図書館への道
松岡享子氏、何で子どもの本の世界を切り開いた?
児童図書館学を学び、文庫を開設。
松岡享子氏の生涯を振り返り、児童文学への情熱と功績を辿ります。

✅ 児童文学者の松岡享子さんが86歳で亡くなり、子供の想像力を育むために声で言葉を受け取ることの重要性を訴え、児童図書館の充実に尽力した。
✅ 東京子ども図書館理事長の張替恵子さんが、30年近くにわたる松岡さんの仕事への貢献や思い出を語っている。
✅ 同図書館のエントランスには松岡さんの作品をしのぶコーナーが設けられ、手掛けた多くの絵本や児童書が展示されている。
さらに読む ⇒中日新聞出典/画像元: https://www.chunichi.co.jp/article/428734松岡享子さんの功績を改めて感じます。
子供たちのために言葉の力を信じ、図書館の充実に尽力された姿勢は素晴らしいですね。
松岡享子氏は1935年、兵庫県神戸市に生まれました。
慶應義塾大学を卒業後、アメリカの大学院で児童図書館学を修め、帰国後、子どもの本の普及に尽力しました。
1957年に神戸女学院大学英文学科を卒業し、その後、慶應義塾大学図書館学科、ウェスタンミシガン大学大学院図書館学科を経て、アメリカのイーノック・プラット公共図書館、大阪市立中央図書館に勤務。
1967年には中野区に家庭文庫「松の実文庫」を開設しました。
この頃から児童図書館員として「おはなし」活動を開始し、子どもたちに本やお話(ストーリーテリング)を届ける活動を始めました。
松岡先生の遺志が、今もこうして語り継がれることに、感慨深いものを感じるね。あの頃の本は、今でも色褪せない。
東京子ども図書館の設立と国際交流
松岡享子はどんな活動で児童図書館サービスを発展させた?
東京子ども図書館設立と運営、人材育成。
東京子ども図書館の設立とその後の活動について掘り下げていきます。

✅ 児童文学者の松岡享子さんが86歳で死去。彼女は子供たちに ゛おはなし゛ を通して言葉の重要性を伝え、児童図書館の発展に尽力した。
✅ 松岡さんは家庭文庫の開設やおはなしの語り手養成を行い、児童図書館員の専門性を訴え続けた。東京子ども図書館を設立し、運営にも貢献した。
✅ 東日本大震災後には被災地での活動も行い、子供たちに本を届けることに尽力した。彼女の信念は、言葉を豊かにすることが思考を豊かにするというものであった。
さらに読む ⇒東京すくすく子育て世代がつながる―東京新聞出典/画像元: https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/life/52810/東京子ども図書館の設立と運営、被災地での活動など、本当に多岐にわたって貢献されていますね。
言葉の力、読書の力を信じていた方だったんですね。
1974年には東京子ども図書館を設立し、理事長を務めます。
松岡氏は、児童図書館サービスの発展に大きく貢献し、私立図書館でありながら、自らも運営に携わりました。
東京子ども図書館を基盤に、子どもたちに本やお話(ストーリーテリング)を届ける活動を普及させ、人材育成や出版にも力を入れました。
また、ユネスコ・アジア共同出版計画の編集委員としても活躍し、国際的な文化交流にも貢献しました。
国際アンデルセン賞選考委員を2期務め、国際会議での講演や、在日日系ブラジル人への読書支援も行いました。
国際交流にも貢献されていたとは、素晴らしい。言葉の壁を越えて、子供たちに本を届ける活動は、まさに文化交流そのものですね。
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児童文学翻訳家・松岡享子。名作「パディントン」シリーズや、子どもたちの想像力を育む作品を多数手掛け、語りと読書で言葉の重要性を訴え続けた功績を称えます。