常田富士男とは?『まんが日本昔ばなし』で国民的声優となった名優の生涯とは?『まんが日本昔ばなし』、俳優、生涯
貧しい少年時代から国民的声優へ。常田富士男、その波乱万丈の生涯を振り返る。劇団民芸、映画、そして『まんが日本昔ばなし』での市原悦子との名コンビ。晩年は民話の朗読で人々に感動を届けた。表現者としての熱い魂と、海を愛した人間性あふれるエピソードも。
💡 常田富士男は『まんが日本昔ばなし』の語り手として国民的な人気を博し、幅広い世代に親しまれた。
💡 俳優として映画や舞台でも活躍し、その個性的な演技で多くの人々を魅了した。
💡 晩年は民話の朗読活動を行い、その温かい語り口で人々に感動を与え続けた。
それでは、常田富士男さんの輝かしい軌跡を、多岐にわたるエピソードを交えて振り返っていきましょう。
生い立ちと俳優への道
常田富士男、俳優への道!きっかけは?
劇団民芸の養成所とチャップリン!
俳優としての生い立ちから、その才能を開花させた道のりをご紹介します。

✅ 常田富士男は幼少期に貧困を経験し、様々な職を経て劇団民芸で俳優としての道を歩み始める。映画『真田風雲録』での個性的な演技が注目を集め、今村昌平など名だたる監督の作品に出演した。
✅ 舞台俳優としても活躍し、劇団青年芸術劇場(青芸)を米倉斉加年らと結成。別役実作品を多数上演し、その作品との出会いを通して自身の人生について問いかけるようになった。
✅ テレビでも人気を博し、『巨泉・前武のゲバゲバ90分!!』や『カリキュラマシーン』に出演。声優を務めたアニメ『まんが日本昔ばなし』の長寿番組化により、その存在感を不動のものとした。
さらに読む ⇒出典/画像元: https://www.tapthepop.net/extra/80973常田富士男さんの多才な才能と、様々な作品への出演を通じて、その個性を磨かれたことがよく分かりますね。
1937年、常田富士男は貧しい環境で育ち、幼い頃に父を亡くしました。
熊本で成長し、上京後に様々な職を経験しながら、劇団民芸の養成所に入り俳優の道へと進みました。
チャップリンに感銘を受け、映画『真田風雲録』で注目を集め、個性的な脇役として活躍。
黒澤明や今村昌平監督作品にも出演し、その独特の個性が評価されました。
1970年には唯一のシングル「私のビートルズ」をリリースするなど多才ぶりを発揮しました。
いやあ、常田さんの活躍はすごいねえ。昔の映画もよく見てたよ。本当に懐かしい。
演劇活動と『まんが日本昔ばなし』との出会い
常田富士男のキャリアを変えた番組は何?
『まんが日本昔ばなし』のナレーション
『まんが日本昔ばなし』との出会いが、常田さんのキャリアにもたらした大きな変化について見ていきましょう。
公開日:2015/03/30

✅ TBS系列で放送されていた国民的アニメ「まんが日本昔ばなし」が、時代劇専門チャンネルで放送されることが決定しました。
✅ 5月5日のこどもの日に60話が先行一挙放送され、7月からは毎週土曜夜7時にレギュラー放送が開始されます。
✅ 常田富士男さんと市原悦子さんの語り口で、日本の伝統文化や歴史を伝える作品であり、幅広い世代が楽しめる内容です。
さらに読む ⇒[ポーチ]出典/画像元: https://youpouch.com/2015/03/30/259754/『まんが日本昔ばなし』は、本当に長きにわたり愛された番組でした。
その語り口は、今でも心に残っています。
常田は劇団「青芸」を結成し、別役実作品を多数上演。
別役作品との出会いは、常田の芝居観に大きな影響を与えました。
テレビでは『ゲバゲバ90分!!』や『カリキュラマシーン』に出演し、子供たちからも人気を集めます。
『まんが日本昔ばなし』との出会いは、常田のキャリアを大きく変えることになります。
1976年から1994年まで、市原悦子さんと共にナレーションを担当し、全1468話を担当しました。
平均視聴率18.1%、最高視聴率33.6%を記録する大人気番組となり、常田は一躍国民的な存在となりました。
アニメの再放送、とても楽しみです!常田さんの語りは、子供だけでなく大人も引き込まれますよね。
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市原悦子と『まんが日本昔ばなし』を彩った常田富士男。情熱的な声と人間性で魅了。民話朗読や映画でも活躍し、その生き様は今も輝く。