寺尾、惜しまれつつ逝く…"鉄人"と呼ばれた男の相撲人生とは?元関脇寺尾こと錣山親方の波乱万丈相撲人生
鋼のように激しく、華麗に土俵を彩った元関脇・寺尾。116kgの細身で数々の記録を打ち立てた『鉄人』は、その甘いマスクと相まって相撲界のスターだった。惜しまれながら60歳で逝去。兄弟、千代の富士との名勝負、そして愛妻との出会い…その短い生涯を、出場記録と共に振り返る。錣山部屋を創設し後進を育てた功績も語り継がれる。

💡 元関脇寺尾こと錣山親方の死去を悼み、その相撲人生を振り返ります。
💡 幕内出場回数歴代5位、幕内在位場所数6位など、数々の記録を称えます。
💡 引退後の後進指導、阿炎関を育てた功績も紹介します。
本日は、大相撲界を彩った元関脇寺尾こと錣山親方について、その輝かしい経歴と、その死を惜しむ声をお届けします。
相撲一家に生まれた「鉄人」
錣山親方の急逝、その原因は?
不整脈による容体急変。
元関脇寺尾こと錣山親方、本名:福薗好文さんが、60歳という若さで帰らぬ人となりました。
相撲一家に生まれ、輝かしい相撲人生を送りました。
公開日:2023/12/18

✅ 元関脇寺尾の錣山親方(福薗好文)が、うっ血性心不全のため60歳で死去した。
✅ 1979年初土俵を踏み、幕内上位で活躍、幕内出場回数歴代5位、幕内在位場所数6位などの記録を持つ。
✅ 引退後は年寄錣山を襲名し、豊真将や阿炎らを育成した。
さらに読む ⇒朝日新聞デジタル:朝日新聞社のニュースサイト出典/画像元: https://www.asahi.com/articles/ASRDK76GMJ2CUTQP02J.html幕内上位で活躍し、数々の記録を打ち立てた寺尾関。
その功績を改めて称賛するとともに、早すぎる死を悼みます。
大相撲の世界に、惜しまれつつも別れを告げた元関脇・寺尾こと錣山親方(本名:福薗好文)。
2023年12月17日、60歳という若さで、不整脈による容体急変のため帰らぬ人となりました。
鹿児島県姶良市(旧加治木町)出身、父は元関脇鶴ヶ嶺、兄弟も力士という相撲一家に生まれ、まさに相撲界のサラブレッドとしてその道を歩みました。
1979年名古屋場所で初土俵を踏み、回転の速い突きを武器に幕内上位で活躍、1378回の幕内出場は歴代5位、幕内在位93場所は6位という記録を残しました。
いやあ、寺尾関の訃報は本当に残念じゃのう。あの突き押し相撲は、わしら昭和の相撲ファンにはたまらんかった。あの頃の相撲は面白かったなあ。
記憶に残る相撲人生
寺尾の相撲人生を一言で表すと?
鉄人と呼ばれた、華麗なる相撲人生。
寺尾関の相撲人生を振り返ります。
細身の体ながら、力強い相撲で観客を魅了。
記憶に残る数々の名勝負を振り返ります。
公開日:2024/01/17

✅ 元関脇・寺尾の錣山親方が17日にうっ血性心不全のため60歳で死去した。
✅ 土俵生活23年で、幕内連続出場や通算出場回数などで多くの記録を持ち、細身の体から繰り出す上突っ張りを武器に活躍した。
✅ 横綱・千代の富士との対戦や、貴花田との初顔合わせでのエピソードなど、記憶に残る土俵姿を残した。
さらに読む ⇒ニュースサイト出典/画像元: https://mainichi.jp/articles/20231218/k00/00m/050/244000c細身の体から繰り出される突き押し相撲は、まさに『鉄人』そのものでした。
記憶に残る数々の名勝負、今でも鮮明に覚えています。
寺尾の相撲人生は、その外見と裏腹な激しい相撲でファンを魅了しました。
116キロという細身ながら、突っ張り相撲を主体とし、数々の出場記録を打ち立てたその姿は、まさに『鉄人』と呼ぶにふさわしいものでした。
逆鉾との兄弟同時関脇を達成するなど、華々しい活躍を見せました。
横綱千代の富士との激しい相撲も、今なお多くの相撲ファンの記憶に刻まれています。
その甘いマスクも相まって、人気力士として相撲界を盛り上げました。
寺尾関のあの甘いマスクと、激しい相撲のギャップが、また魅力的でしたよね。千代の富士との取組は、今でも語り継がれています。
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元力士・寺尾の急逝。妻が語る出会いと、共に過ごした日々。落語家との縁で出会い、相撲に無関心だった妻を魅了した寺尾。早すぎる死を悼み、その短い生涯を振り返る。