テリー・ファンクのプロレス人生を振り返る〜ザ・ファンクス、伝説の試合、スピニング・トーホールド?(テリー・ファンク、プロレス、ザ・ファンクス、スピニング・トーホールド)テリー・ファンク、日本プロレス界での活躍と、伝説の試合
プロレス界のレジェンド、テリー・ファンク。兄ドリーとのタッグ「ザ・ファンクス」は日本で大人気を博し、中でも1977年の伝説の試合は、その熱さとドラマでプロレス史に名を刻んだ。得意技スピニング・トーホールドをテーマにした楽曲も大ヒット!不屈の闘志とエンターテイメント性でファンを魅了し続けたテリー・ファンクの軌跡を辿る。
ザ・ファンクス 日本プロレス界での活躍
ザ・ファンクス、どんな活躍で日本を熱狂させた?
ベビーフェイスとして人気爆発!
テリー・ファンクの日本プロレス界での功績を振り返ります。
公開日:2023/08/23

✅ プロレス界のレジェンド、テリー・ファンクが79歳で亡くなりました。WWEやリック・フレアーなど、世界中から追悼の声が上がっています。
✅ テリー・ファンクは、父ドリー・ファンク・シニア、兄ドリー・ファンク・ジュニアと共にプロレス一家で育ち、1965年にデビューしました。日本では1970年から活躍し、全日本プロレスの看板外国人レスラー兼ブッカーとして活躍しました。
✅ ザ・ファンクスとしてアブドーラ・ザ・ブッチャーとの抗争で人気を博し、その強烈なファイトスタイルは多くのファンを魅了しました。近年は認知症との闘病が伝えられていましたが、多くのプロレスファンにとって忘れられない存在です。
さらに読む ⇒プロレス・ボクシング・の情報カクトウログ出典/画像元: https://kakutolog.info/wrestling/all-japan/30160/ザ・ファンクスの活躍は、日本のプロレス界に大きな影響を与えました。
テリーの人気は凄かった。
ザ・ファンクスは、ドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクの兄弟タッグチームで、1970年代から1980年代にかけて日本プロレス界で活躍しました。
日本のプロレスでは、力道山の時代から外国人レスラーはヒール(悪役)が定番でしたが、ファンクスは全日本プロレス参戦時にベビーフェイス(善玉)的な役回りとなり、日本陣営と共闘することも多く見られました。
1977年の世界オープンタッグ選手権の最終戦でのテリーの負傷と、兄ドリーへの二人がかりの攻撃に対するテリーの救出劇は、ファンの感動を呼び、日本プロレス史に残る名場面となりました。
その後、ファンクスは日本の女性を中心に圧倒的な人気を獲得し、全日本プロレスのリングサイドにはチアガールまで登場するほどでした。
1980年前後は全日本プロレスでエース的な存在となり、1981年にはドリーがインターナショナル・ヘビー級王座を獲得しました。
しかし、テリーの膝の故障や新世代レスラーの台頭により、ファンクスの勢いは衰えていき、1983年にテリーが引退。
1984年にテリーは現役復帰しましたが、以前のような人気は戻りませんでした。
ザ・ファンクス、かっこよかったですよね! 昔のプロレスって熱くて面白い。今の若い人にも見てほしいな。
「Spinning Toe Hold」 テリー・ファンクとクリエイション
テリー・ファンクの入場テーマ曲で知られる「スピニング・トー・ホールド」は、どんなバンドが制作した?
クリエイション
最後に、テリー・ファンクの入場テーマ曲についてご紹介します。
公開日:2023/07/10

✅ この記事は、猛暑日に聴きたい「Spinning Toe -Hold / CREATION」という楽曲を紹介しています。
✅ この曲は、ザ・ファンクス(ドリー・ファンク・Jr& テリー・ファンク )の入場テーマ曲であり、クールでカッコいいとされています。
✅ 記事内で楽曲のYouTubeリンクも掲載されています。
さらに読む ⇒゛出典/画像元: https://shunkun2019.hatenablog.com/entry/2023/07/10/234625クリエイションの「Spinning Toe Hold」、名曲ですよね! テリー・ファンクの姿が目に浮かびます。
テリー・ファンクの得意技「スピニング・トー・ホールド」をテーマにした楽曲「Spinning Toe Hold」は、日本のバンド「クリエイション」によって制作されました。
この曲は、ファンクスの入場テーマとして、プロレスファンに広く愛され、多くのプロレスファンにとって特別な楽曲となっています。
クリエイションの竹田和夫氏は、ファンクスのファンであり、自身の愛と熱意を込めて楽曲を制作しました。
楽曲は、日本のプロレス会場で流され、ファンクスの入場を盛り上げました。
楽曲は、ファンクスの技をイメージしたリフとファンク要素を取り入れた、プロレス界から飛び出した名曲として評価されています。
多くの人がこの曲を聴き、ファンクスの試合を思い出すとともに、クリエイションの楽曲に感動しています。
1977年(昭和52年)のヒット曲であるクリエイションの「スピニング・トー・ホールド」は、アルバム「ピュア・エレクトリック・ソウル」からのシングルカットで、プロレスのタッグチーム「ザ・ファンクス」の入場テーマ曲として有名になりました。
作曲は竹田和夫さん、樋口晶之さん、松本繁さん、飯島義昭さんで、プロレスファンだけでなく、ミュージシャンの大槻ケンヂさんやB’zの松本孝弘さんなど音楽関係者からも高く評価されています。
松本孝弘さんは自身のアルバム「THE HIT PARADE」で「スピニング・トー・ホールド」をカバーしています。
クリエイションは1960年代末に竹田和夫さんを中心に結成され、1975年にファーストアルバム「クリエイション」をリリースし、1981年には「ロンリー・ハート」が大ヒットした、日本のロックバンドです。
クリエイションの曲は、テリー・ファンクの入場を盛り上げてくれた。あの時代を思い出す、いい曲だね。
テリー・ファンクのプロレスラーとしての功績、ザ・ファンクスの活躍、そして「Spinning Toe Hold」という楽曲。
テリーの偉大さを改めて感じました。
💡 テリー・ファンクは、ザ・ファンクスとして日本プロレス界で活躍し、数々の名勝負を残しました。
💡 1977年のブッチャー&シークとの試合は、プロレス史に残る伝説的な試合として語り継がれています。
💡 テリー・ファンクの入場テーマ曲「Spinning Toe Hold」は、今も多くのプロレスファンに愛されています。