坂本スミ子さん:波乱万丈の人生、歌と演技で魅せた「ラテンの女王」とは?歌姫から女優へ、激動の人生を駆け抜けた坂本スミ子さん
「ラテンの女王」坂本スミ子の波乱万丈な人生を凝縮。音楽教師から歌手へ転身し、ラテン音楽で一世を風靡。離婚、女優転身、そして再婚と、激動の人生を駆け抜けた彼女。映画『楢山節考』での衝撃的な演技は記憶に新しい。名医との再婚も束の間、不倫騒動に見舞われる。往年の芸能リポーターが語る、昭和芸能界の裏側とは? 激動の人生と、その裏側にある人間ドラマを描き出す。

💡 坂本スミ子さんの生い立ちから、歌手デビュー、そして「ラテンの女王」としての活躍を紹介します。
💡 結婚、離婚、そして女優としての挑戦、映画『楢山節考』での衝撃的な演技に迫ります。
💡 晩年まで精力的に活動した坂本スミ子さんの、知られざる人間性に迫ります。
それでは、坂本スミ子さんの華々しい軌跡を辿りながら、その知られざる側面にも迫っていきましょう。
ラテンの女王、歌手への道
ラテンの女王、坂本スミ子は何をきっかけに歌手へ?
NHK合唱団での経験とラテン音楽との出会い。
坂本スミ子さんは、音楽教師を目指すも、ラテン音楽との出会いを経て歌手としてデビューしました。
トリオ・ロス・パンチョスの前座を務め、その歌唱力で人気を博します。

坂本スミ子は、ラテン歌手としてデビューし、トリオ・ロス・パンチョスの前座を務めたことで人気を博し、「ラテンの女王」と呼ばれた。
さらに読む ⇒アメーバブログ(アメブロ)を無料で始めよう!出典/画像元: https://ameblo.jp/inoueno2000/entry-12820093361.html坂本スミ子さんの類まれな才能と、ラテン音楽への情熱が伝わってきます。
前座から人気を博すというのは、実力があったのでしょう。
1936年、大阪府で生まれた坂本スミ子は、音楽教師を目指していましたが、NHK大阪合唱団での経験を経てラテン音楽と出会い、歌手の道へ進みました。
1958年にラテン歌手としてデビューし、翌年にはトリオ・ロス・パンチョスの前座を務め、注目を集めます。
その歌唱力は高く評価され、「ラテンの女王」として人気を博しました。
1960年代には数々のヒット曲を生み出し、音楽番組「夢であいましょう」にも出演するなど、活躍の場を広げます。
結婚と離婚、そして女優への挑戦
坂本スミ子の離婚原因と、その後の活躍は?
男色趣味と女優転身、楢山節考での熱演。
歌手として活躍後、女優としても活動の場を広げました。
結婚と離婚を経験し、私生活でも様々な出来事がありました。

ラテン歌手としてデビュー後、「夢であいましょう」の主題歌で注目を集め、紅白歌合戦に5年連続出場するなど、歌手として活躍しました。
さらに読む ⇒スポニチ Sponichi Annex出典/画像元: https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/01/23/kiji/20210123s00041000346000c.html芸能活動と私生活の両立は大変だったでしょう。
映画『楢山節考』での演技は、今見ても衝撃的です。
1964年、坂本スミ子は映画評論家の栗原玲児と結婚しますが、4年後に離婚。
離婚原因は栗原の男色趣味と、それに伴う夫婦間の不和でした。
離婚会見では栗原が自己弁護に終始し坂本を非難しましたが、翌日、坂本は栗原の性的指向について告白。
この離婚は大きな話題となりました。
その後、坂本は女優としても活動を開始し、映画「犬」シリーズや、今村昌平監督の「エロ事師たちより人類学入門」などに出演。
1982年には今村昌平監督の映画「楢山節考」で老女役に抜擢され、前歯を削るなど役作りに挑み、強烈な印象を残しました。
再婚と新たな人生、そして「夜が明けて」
坂本スミ子の再婚相手、何で有名?
SK-II開発に携わった美容皮膚科医
晩年まで歌手、女優として活躍した坂本スミ子さん。
その死後、多くの人々に惜しまれました。
ヒット曲「夜が明けて」も印象的でした。
公開日:2021/06/19

歌手・女優の坂本スミ子さんが2021年1月23日に脳梗塞のため84歳で死去。「夜が明けて」などのヒット曲や映画「楢山節考」で知られ、NHK紅白歌合戦に5回連続出場した。
さらに読む ⇒tomo文章道場出典/画像元: https://tomo3koko.com/sakamoto-sumiko/坂本スミ子さんの死は、本当に残念です。
晩年まで精力的に活動されていた姿は、多くの人々に勇気を与えたと思います。
離婚後、坂本スミ子は1969年に皮膚科医の石井禮次郎と再婚し、公私ともに新たな人生を歩み始めます。
1971年には「夜が明けて」が大ヒットし、歌手としての活動も再開。
石井禮次郎は美容皮膚科医として活躍し、SK-IIの開発にも携わりました。
坂本は、歌手活動と並行して、幼稚園・保育園の園長も務め、精力的に活動しました。
しかし、再婚相手である石井禮次郎の不倫騒動が発覚し、芸能リポーターの石川敏男氏もその顛末を目の当たりにすることになります。
芸能界と裏側、石川敏男氏の回顧
坂本スミ子の訃報、最も衝撃的だった出来事は何?
再婚相手の医師の不倫騒動。
芸能レポーター石川敏男氏が、坂本スミ子さんの死を悼み、過去の芸能界の裏側を回顧。
激動の時代が垣間見えます。
公開日:2021/01/28

女優の坂本スミ子さんの脳梗塞による死去と、過去の夫と有名演歌歌手の不倫報道について、芸能レポーター石川敏男氏が回想している。
さらに読む ⇒FRIDAYデジタル出典/画像元: https://friday.kodansha.co.jp/article/159690?page=1石川敏男氏の話からは、当時の芸能界の熱気と、人々の人間模様が伝わってきます。
あの時代ならではの出来事ですね。
著名な芸能リポーターである石川敏男氏は、坂本スミ子の訃報に際し、過去の芸能界での出来事を振り返りました。
特に印象的だったのは、坂本さんの再婚相手である医師の不倫騒動でした。
相手は紅白歌合戦にも出場する有名演歌歌手で、週刊誌のスクープにより発覚。
この騒動から、石川氏は、芸能界と記者の関係が今とは比べ物にならないほど熱かった昭和時代の思い出を語り、坂本スミ子さんの冥福を祈っています。
また、坂本スミ子の元夫である栗原玲児は、料理研究家の栗原はるみと再婚し、現在は株式会社ゆとりの空間の取締役を務めています。
坂本スミ子さんの華やかな活躍の裏には、様々な苦労と葛藤がありました。
その生き様は、私たちに多くの教訓を与えてくれます。
💡 歌手として、また女優として、多岐にわたる分野で活躍した坂本スミ子さんの功績を振り返ります。
💡 結婚、離婚、再婚…激動の人生を送った坂本スミ子さんの私生活に迫ります。
💡 芸能レポーター石川敏男氏の証言から、昭和の芸能界の裏側を垣間見ます。