小桜葉子、女優から美容体操家へ。波乱万丈の人生とは?小桜葉子の輝かしいキャリアと、その後の人生
明治維新の偉人の血を引く女優、小桜葉子。7歳で芸能界入りし、松竹蒲田で活躍。映画『春琴抄』など傑作に出演し、二枚目スター上原謙と結婚後、長男・加山雄三を出産。美容健康法「小桜式整美体操」を考案し、'和製エリザベス・テイラー'と称された。加山雄三の活躍を支え、その人生は華やかで多才。

💡 7歳で子役デビュー。松竹蒲田で活躍し、数々の映画に出演。
💡 18歳で上原謙と結婚し引退も、美容体操家として新たな道を開拓。
💡 独自の美容法を考案し教室を経営。晩年は病と闘いながらも多方面で活躍。
小桜葉子の生い立ちから、女優としての活躍、そして美容体操家としての成功まで、その魅力に迫ります。
女優への道、華麗なる生い立ち
小桜葉子、映画デビューは何歳?代表作は?
11歳で主演「明日天気になァれ」
小桜葉子の生い立ちは、華やかな芸能界での活躍を予感させるものでした。
子役時代から注目を集め、数々の映画に出演。
その才能を開花させていきます。

✅ 小桜葉子は7歳で子役デビューし、11歳で主演を務めるなど、幼少期から活躍した女優。
✅ 18歳で俳優の上原謙と結婚し芸能界を引退後、40代で独自の美容法「小桜式整美体操」を考案し、教室を経営するなど多方面で活躍。
✅ 52歳で子宮癌のため死去。腎臓の損傷が原因で病気の発見が遅れたとされている。
さらに読む ⇒こいもうさぎのブログ出典/画像元: https://koimousagi.com/66921.html7歳でのデビュー、11歳での主演と、その才能の早熟さに驚きを隠せません。
若くして結婚し引退したことは、当時の女性を取り巻く環境を物語っているようにも感じます。
1918年、女優・美容体操研究家の小桜葉子(本名:池端具子)は、明治維新で活躍した政治家・岩倉具視の血を引く家系に生まれました。
7歳で子役として芸能界入りし、母のペンネームを芸名として使用。
1925年には映画デビューを果たし、松竹蒲田で活躍しました。
幼少期から映画で活躍し、11歳で映画「明日天気になァれ」で主演を務め、その後15歳から18歳にかけても数々の映画に出演しました。
いやあ、まさに往年の大女優といった感じですね。子供の頃から映画で活躍されていたとは、すごいですね。上原謙さんとの結婚も、時代の華やかさを感じますね。
銀幕のスター、そして結婚
小桜葉子の代表作は?映画引退と復帰のきっかけは?
「春琴抄」出演、上原謙と結婚・復帰。
小桜葉子の女優としてのキャリアを振り返ります。
数々の映画に出演し、モノクロ映画の傑作にも名を連ねています。
また、彼女のプロフィールも詳しく見ていきましょう。

✅ 小桜葉子に関する情報がまとめられており、彼女のプロフィールや出演作品がリストとして掲載されている。
✅ 主な出演作品として、映画「お茶漬けの味」「人生のお荷物」「春琴抄 お琴と佐助」「輝く昭和」「カボチャ」が挙げられている。
✅ プロフィールでは、本名や生年月日、没年月日、出生地などが示されており、彼女の別名も複数紹介されている。
さらに読む ⇒The Movie Database (TMDB)出典/画像元: https://www.themoviedb.org/person/1542913?language=ja出演作品のリストを見ると、彼女の幅広い演技力と、当時の映画界での活躍が伺えます。
上原謙さんとの結婚、そして一度は引退されたという事実に、時代の流れを感じます。
小桜葉子は、1935年にはモノクロ映画の傑作と評される「春琴抄お琴と佐助」に出演。
五所平之助監督の「人生のお荷物」など、数々の作品で高い評価を得ました。
1936年には二枚目スターの上原謙と結婚し、これにより一旦芸能界を引退しました。
しかし、1952年には映画に特別出演を果たしています。
私もいくつか作品を拝見しました。特に「春琴抄」は印象的でしたね。彼女の美しさと演技力は、今も色褪せない魅力があります。結婚を機に引退されたのは、少し残念でしたね。
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上原謙との結婚、加山雄三の出産を経て、美容体操研究家として活躍!若々しい美貌で「和製エリザベス・テイラー」と呼ばれ、加山雄三を支えた!