津川雅彦さん、その魅力と功績を振り返る!没後を悼み、伊丹十三監督作品と共に (没後、伊丹十三、俳優)津川雅彦さん、その輝かしい軌跡 (俳優、伊丹十三監督作品、追悼)
名優・津川雅彦、78歳で逝去。伊丹十三監督作品の常連俳優として、唯一無二の存在感を示した。悪役からコメディまでこなし、幅広い世代を魅了。「責めるのがうまかった」伊丹監督との絆、俳優としての信念、そして、常に観客を驚かせる演技。その功績を振り返り、感謝を込めて。
💡 津川雅彦さんは、映画『狂った果実』でデビュー。石原裕次郎さんの弟役で注目を集めました。
💡 伊丹十三監督作品の常連俳優として知られ、『マルサの女』などに出演しています。
💡 テレビドラマや映画監督としても活躍し、織田信長役では新たな境地を開拓しました。
津川雅彦さんの訃報を受け、彼の俳優としての足跡を辿り、その魅力に迫っていきましょう。
津川雅彦氏の逝去と初期の活躍
津川雅彦さん、伊丹作品で何本出演?
9本もの作品に出演しました。
1956年に映画デビュー以降、数多くの作品に出演し、その存在感を示しました。
伊丹十三監督作品との出会いが、彼の俳優としてのキャリアを大きく左右しました。
公開日:2018/08/08

✅ 俳優の津川雅彦さんが8月4日に心不全のため78歳で亡くなりました。
✅ 子役から俳優として活動し、石原裕次郎の弟役で知名度を上げ、その後、伊丹十三監督作品やドラマ「必殺」シリーズなど多くの作品に出演。また、映画監督としても活躍しました。
✅ 妻は今年4月に亡くなった朝丘雪路で、娘は女優の真由子さん。葬儀は近親者のみで済ませ、後日お別れ会が予定されています。
さらに読む ⇒ぴあエンタメ情報出典/画像元: https://lp.p.pia.jp/article/news/7735/index.html津川雅彦さんのご逝去は、映画界にとって大きな損失です。
初期の活躍からその才能は際立っており、伊丹十三監督作品との出会いは、彼の俳優としての幅を広げました。
2018年8月4日、俳優の津川雅彦氏が78歳で心不全のため逝去しました。
彼は芸能一家に生まれ、1956年に映画『狂った果実』でデビュー後、数々の作品に出演しました。
特に、亡き伊丹十三監督作品の常連俳優として知られ、10本の伊丹作品のうち9本に出演しました。
また、監督としても活動し、3代目「マキノ雅彦」として『寝ずの番』 등을手掛けました。
1973年には女優の朝丘雪路さんと結婚し、娘の真由子さんを授かりました。
津川雅彦さんのご冥福をお祈りいたします。あの独特の存在感は、忘れられませんね。伊丹作品での活躍は、まさに記憶に残るものです。
伊丹十三監督との出会いと俳優としての成長
津川雅彦、伊丹監督との仕事で何を得た?
俳優としての存在感と人間性を磨いた。
伊丹十三監督との作品は、津川雅彦さんの俳優としての成長に大きく貢献しました。
厳しい要求に応え、セリフの一字一句にこだわる演出が、彼の演技を磨き上げたのでしょう。

✅ 第24回東京国際映画祭の提携企画として、伊丹十三監督作品の回顧上映「JUZO AGAIN」が開催され、宮本信子、津川雅彦、村田雄浩が登壇し、伊丹監督との思い出を語った。
✅ 伊丹監督の全10作品が英語字幕入りで上映され、幻の短編作品『ゴムデッポウ』も公開された。宮本信子は伊丹作品を若い世代に知ってもらいたいと語った。
✅ 津川雅彦は伊丹監督との撮影でのエピソードをユーモアを交えて語り、作品の成功や『静かな生活』の興行的な失敗についても言及した。
さらに読む ⇒シネマトゥデイ出典/画像元: https://www.cinematoday.jp/news/N0036370伊丹十三監督の作品は、今見ても新鮮で、人間の本質を突いていますね。
津川雅彦さんの熱演が、作品をさらに魅力的にしています。
津川氏は伊丹監督との仕事について熱心に語っており、伊丹監督の厳しい要求に応えるため、セリフを徹底的に練習し、俳優としての存在感と人間性を磨きました。
伊丹監督の没後13年を記念した特集上映会では、津川氏は伊丹監督の演出について「責めるのがうまかった」と毒舌を交えながらも、セリフの一字一句までこだわった演出が、結果的に俳優としての成長に繋がったと振り返っています。
第24回東京国際映画祭の提携企画「JUZOAGAIN」では、宮本信子、津川雅彦、村田雄浩が舞台挨拶に登壇し、会場を沸かせました。
伊丹十三監督の作品を、若い世代にも見てほしいですね。津川雅彦さんのユーモアあふれるエピソードも、作品の魅力を伝えています。
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個性派俳優・津川雅彦。映画、ドラマで活躍、悪役も魅力的。伊丹十三との秘話も。その演技と思想を振り返る、記憶に残る名優。