杉村春子:『女の一生』とは?舞台、映画で活躍した女優の生涯を振り返る?代表作『女の一生』、文学座、映画『東京物語』…杉村春子の軌跡
広島出身の名女優、杉村春子の波乱万丈な生涯。幼少期の生い立ちから、築地小劇場での活躍、代表作『女の一生』、映画『東京物語』など、その類まれな演技は観る者を魅了。米倉涼子主演のドラマでも描かれた、恋愛と芝居に情熱を注いだ女性の生き様。
💡 広島出身、築地小劇場から演劇界へ。類まれな演技力で中心女優に。
💡 代表作『女の一生』で、戦前・戦中を駆け抜けた。文学座創立にも貢献。
💡 映画『東京物語』など、数々の当たり役を演じ、日本演劇界に貢献。
杉村春子の華麗なる生涯を紐解くため、まずは彼女の生い立ちから見ていきましょう。
生い立ちと演劇への道:広島から築地小劇場へ
杉村春子、演劇人生の始まりは?
築地小劇場の研究生から。
演劇の歴史を彩る展示ですね。
杉村春子の足跡を辿る貴重な資料は、彼女の情熱を伝えてくれます。

✅ 早稲田大演劇博物館で、劇作家小山内薫を中心に築地小劇場100年を記念した企画展「築地小劇場 100 年 新劇の20世紀」が開催されている。
✅ 企画展では、小山内薫の肖像写真や自筆原稿、大道具のプランを示す資料などが展示され、新劇の歩みをたどることができる。
✅ 広島ゆかりの演劇人たちの情熱や激動の時代を感じることができ、会員限定コンテンツとして、記事の全文を読むことができる。
さらに読む ⇒中国新聞デジタル出典/画像元: https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/573454広島から上京し、演劇の世界へ。
端役から中心女優へと成長していく姿は、まさに努力の賜物ですね。
1906年、広島で生まれた杉村春子は、幼くして両親を失い養女として育ちました。
幼少期から芝居に親しみ、上京して声楽家を目指しますが、その夢は叶わず。
広島女学院で音楽を教えた後、運命的な出会いを果たすことになります。
それは、築地小劇場でした。
1927年、杉村は同劇場の研究生となり、舞台の世界へと足を踏み入れます。
当初は端役でしたが、類まれな演技力で徐々に頭角を現し、中心女優へと成長を遂げていきます。
広島出身の女優さんじゃったのか!築地小劇場って響きも懐かしいのう。
文学座と『女の一生』:戦前・戦中を駆け抜けた女優
杉村春子の代表作は何?上演回数は?
『女の一生』、900回以上
杉村春子の『女の一生』に対する想い、そして山本郁子の文学座入団のきっかけとなった作品ですね。

✅ 女優の山本郁子は、杉村春子の『女の一生』を観て文学座への入団を決意し、同作品の布引けい役を演じることになった。
✅ 山本は、大学時代に演劇活動を経験後、『女の一生』に感銘を受け、杉村春子から多くの影響を受けた。40歳を過ぎて着物の芝居が増えたことなど、様々な経験が布引けい役に繋がったと考えている。
✅ 山本は、文学座の伝統である和物の芝居を後輩たちにも続けてほしいと願い、杉村春子の『女の一生』に対する思い出を語っている。
さらに読む ⇒(スパイス)|エンタメ特化型情報メディアスパイス出典/画像元: https://spice.eplus.jp/articles/212655『女の一生』は、杉村春子の代表作として、彼女の女優人生を語る上で欠かせない作品ですね。
築地座での経験を経て、1937年、杉村は文学座の創立に参加します。
彼女は、中心女優として舞台に立ち続け、戦時中もその活動を途絶えさせることはありませんでした。
彼女の代表作となったのは、森本薫作『女の一生』。
この作品は、明治から昭和にかけての激動の時代を生きた女性の姿を描き、杉村の力強いせりふは観客の心に深く刻まれました。
上演回数は900回を超え、杉村の代名詞となるほどでした。
文学座は、杉村にとってかけがえのない場所となり、『女の一生』は、その財産となりました。
『女の一生』、私も観てみたいわ。杉村春子さんの熱演、目に浮かぶようです。
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日本演劇界を代表する名女優、杉村春子の波乱万丈な生涯。映画、演劇、恋愛…その情熱と生命力あふれる姿を振り返る。