野村克也と沙知代、激動の夫婦愛~ミッチー・サッチー騒動から脱税事件まで?沙知代夫人の波乱万丈な人生を振り返る
野村克也氏を巡る妻・沙知代夫人と女優・浅香光代氏による一大騒動。監督解任劇から「ミッチー・サッチー騒動」、そして脱税事件まで、激動の人生を紐解く。球界を揺るがした事件の真相、夫を支え続けた妻、そして渦中の人物たちの葛藤と決意。波乱万丈な人生が、今、鮮やかに蘇る。
💡 野村監督解任、刀根山籠城事件など、野球界を揺るがした夫婦の確執。
💡 ワイドショーを席巻した、浅香光代との『ミッチー・サッチー騒動』。
💡 阪神監督就任、沙知代夫人の脱税事件、晩年の夫婦の絆。
それでは、野村克也さんと沙知代夫人を巡る様々な出来事、そしてそれに関わった人々について、各章に分けて見ていきましょう。
球界を揺るがした夫婦の絆と確執
野村克也を解任に追い込んだ騒動とは?
沙知代夫人の私生活上の問題と刀根山籠城事件。
1970年代後半、野村克也監督の解任劇は、沙知代夫人との関係、鶴岡元監督との確執、そして球団との対立など、複雑な要因が絡み合っていました。
公開日:2022/01/29

✅ 1977年、南海ホークスの野村克也監督はシーズン終盤に「私生活」と「公私混同」を理由に解任され、それに反発して「利根山籠城事件」を起こした。
✅ 解任の背景には、野村監督と沙知代夫人との関係に対する球団の異議申し立てや、後援会長からの「野球か女か」の選択を迫られたこと、また、鶴岡元監督による現場介入があったと野村監督が主張したことなど複雑な事情があった。
✅ 事件後、野村監督は記者会見で鶴岡元監督を批判し、週刊誌で「独占手記」を発表するなど、球団との対立は続いたが、最終的には野村監督の謝罪により騒動は一応の決着を見た。
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沙知代夫人の存在が、野村監督にとってどのような意味を持っていたのか、深く考えさせられます。
2019年12月、野村克也さんの妻・沙知代さんが85歳で急逝しました。
この訃報に際し、沙知代さんの夫、野村克也さんの現役時代と、それに伴う様々な騒動が振り返られました。
1977年、南海ホークスの監督だった野村さんは、沙知代さんの私生活上の問題が原因で解任され、その解任に不満を持った江夏豊さん、柏原純一さんが野村さんのマンションに立てこもる「刀根山籠城事件」が発生しました。
その後、野村さんはロッテ、西武と移籍し現役を引退し、江夏さんは広島で活躍。
この解任劇は、江夏さんの野球人生にも大きな影響を与えました。
野村さんは沙知代さんとの生涯に渡る絆を大切にし、沙知代夫人のおかげで野球人として成長できたと考えていました。
いやあ、あの頃は本当に色々ありましたねえ。野村さんも大変だったでしょう。でも、沙知代夫人は強かった。
ワイドショーを席巻したミッチー・サッチー騒動
ミッチー・サッチー騒動の発端は?
野村克也と浅香光代の出会い。
1990年代、浅香光代さんと沙知代夫人の間で勃発した『ミッチー・サッチー騒動』は、ワイドショーを賑わせ、世間の注目を集めました。
これは、浅香さんのラジオ降板をきっかけに、両者の関係が悪化したことが発端です。

✅ 浅香光代さんが、野村沙知代さんとの『ミッチー・サッチー騒動』を振り返り、当時のワイドショーを賑わせた騒動について語っています。
✅ 浅香さんと野村さんは、浅香さんの事実婚の相手と野村さんの夫が友人だったことから知り合い、最初は意気投合したものの、野村さんが浅香さんの家へ頻繁に訪れるようになり、高価な食事を要求するようになったことで関係に変化が起きました。
✅ 91歳になった現在も元気な浅香さんは、当時の騒動を振り返り、サッチーとの出会いや、頻繁な訪問とおもてなしについて語っています。
さらに読む ⇒ 週刊女性PRIME出典/画像元: https://www.jprime.jp/articles/-/16977?display=b騒動は、沙知代夫人の学歴詐称疑惑や講演会のダブルブッキングといった醜聞を露呈させ、メディアは連日報道。
世論を巻き込み、様々な感情が渦巻きました。
浅香さんと沙知代さんの関係性の変化も興味深いですね。
1993年、野村克也監督の妻・沙知代さんと女優・浅香光代さんの間で、ワイドショーを賑わせた「ミッチー・サッチー騒動」が勃発しました。
浅香さんがラジオ降板の理由を暴露したことから始まり、銀座での舞台共演を機に両者の対立は激化。
沙知代さんの学歴詐称疑惑や講演会のダブルブッキング騒動など、様々な醜聞が露呈し、メディアは連日この騒動を報道しました。
世論はミッチー派とサッチー派に分かれて応援合戦を繰り広げ、沙知代さんはテレビ出演を減らし、写真集出版や逮捕など、波乱万丈の時期を過ごしました。
この騒動は、浅香さんと事実婚状態にあった世志凡太さんと野村克也さんの関係から、野村さんと浅香さんが知り合い意気投合したことが発端となりました。
あの頃はテレビをつけたら、ミッチーとサッチーの話ばかりでしたね。色々な意味で、スキャンダルがエンターテイメントになっていた時代でした。
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ミッチー・サッチー騒動、脱税、そして別れ…。 野村克也監督と沙知代夫人、浅香光代らの人生を揺るがした激動の時代を振り返る。 毒舌と愛情が交錯する、記憶に残る一大ドラマ。