名優・笠智衆(俳優)の生涯を振り返る:生い立ちから家族、出演作まで(?)昭和の名優・笠智衆:映画、家族、そしてその足跡
名優・笠智衆。寺を継ぐはずが俳優の道へ。小津安二郎、黒澤明、山田洋次ら名監督に愛され、映画『男はつらいよ』の御前様役でお茶の間を魅了。若い頃はイチロー似のイケメンだった!? 映画プロデューサーの息子、俳優の孫を持つ、家族も映画界に縁深い昭和の名優の知られざる素顔に迫る。
💡 熊本県出身、俳優になる前は僧侶の道を目指していた笠智衆の意外な経歴を紹介。
💡 小津安二郎監督作品を始め、数々の名作に出演。その演技と功績を振り返ります。
💡 映画『男はつらいよ』シリーズでの御前様役など、お茶の間でも愛された笠智衆の魅力を解説。
笠智衆さんの生い立ちから、俳優としての活躍、家族との関係、そしてその後の足跡を辿ります。
俳優の道へ
笠智衆は、どんな家庭で育ちましたか?
お寺の息子
俳優としての第一歩を踏み出すまでの笠智衆さんの道のりを見ていきましょう。

✅ 熊本県玉名市の来照寺で、旬たまWEEKの一環として「法話と写経体験」が開催されます。
✅ このイベントは、昭和の名優笠智衆の生家である来照寺で、住職の法話、読経、写経を体験できるプログラムです。
✅ 写経に必要な道具は準備されているので、初めての方でも安心して参加できます。
さらに読む ⇒たびらい出典/画像元: https://www.tabirai.net/sightseeing/news/0002094.aspx笠智衆さんの生家でのイベントは、ファンにとっては貴重な体験になりそうですね。
生演奏や写経体験も魅力的です。
笠智衆は、1904年(明治37年)5月13日に熊本県玉名郡玉水村(現玉名市)で生まれました。
家は「浄土真宗本願寺派来照寺」というお寺で、父は住職でした。
笠智衆は本名です。
龍谷大学に進学しますが、寺を継ぐことを拒否して中退し、東洋大学文学部印度哲学倫理学科へ転学します。
しかし、大学にはほとんど行かず、友人の紹介で松竹キネマ俳優研究所の研究生になります。
その後、父の死去により寺を継ぐために故郷へ帰りますが、翌年には兄に寺を譲り、再び松竹の蒲田撮影所に復帰します。
いやあ、笠智衆さんの生家でお話を聞きながら写経体験なんて、風情がありますね。昔を思い出して、なんだか懐かしい気持ちになります。
家族と映画人生
笠智衆の息子はどんな仕事をしていましたか?
東宝のプロデューサー
笠智衆さんの映画人生を語る上で、家族の存在は欠かせません。
次は映画との関わりを見ていきましょう。

✅ 5月6日から5月27日にかけて、テレビ東京系列で「男はつらいよ」の傑作選6作品が放送されます。
✅ 放送される作品は「男はつらいよ 旅と女と寅次郎」「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」「男はつらいよ 寅次郎真実一路」「男はつらいよ 寅次郎恋歌」「男はつらいよ 奮闘篇」です。
✅ 「寅次郎恋歌」は日本語字幕放送、「奮闘篇」は音声解説・日本語字幕付きで放送されます。
さらに読む ⇒松竹シネマ出典/画像元: https://cinemaplus.shochiku.co.jp/latest-info/detail/120/「男はつらいよ」の傑作選放送は、ファンには嬉しい企画ですね。
字幕や解説付きなのも、より深く作品を楽しめます。
笠智衆は、松竹蒲田撮影所の脚本部に所属していた花観(はなみ)さんと結婚し、息子が2人、娘が1人いました。
長男の徹さんは、東宝株式会社に入社し、映画広告制作などのプロデューサーを務めました。
また、笠智衆が主演した映画「日本のいちばん長い日」に秘書役で出演しており、親子共演を果たしました。
笠智衆は、若い頃から老け役の名優として活躍し、家族も芸能界にゆかりのある人々でした。
晩年は、映画「男はつらいよ」の御前様役などで、お茶の間でも人気を博しました。
笠智衆さんの息子さんが映画プロデューサーとして活躍されていたり、家族全体が芸能界に近いというのは面白いですね。家族の温かさも感じられます。
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名優・笠智衆。小津、黒澤、山田…名監督に愛された昭和の名脇役。寅さんを支え、息子は映画界で活躍。若き日のイケメンぶりにも注目!