瀬戸内寂聴さんの世界と寂庵とは?〜秘書・瀬尾まなほさんと共に歩んだ軌跡を探る〜?瀬戸内寂聴と寂庵、秘書・瀬尾まなほとの絆、晩年の姿。
瀬戸内寂聴さんの命日に、古都・京都の「曼荼羅山寂庵」が開門。風情ある7LDKの邸宅、心安らぐ庭園を巡り、寂聴さんの息吹を感じてください。秘書・瀬尾まなほさんが語る、晩年の日々や着物への想い。寂聴さんの言葉と、彼女が大切にした日本の文化と伝統。アクセス情報やイベント情報も。寂聴さんの世界を体感できる特別な一日。
💡 瀬戸内寂聴が開いた京都の寺院「寂庵」を紹介。開門情報やアクセス方法を解説。
💡 秘書・瀬尾まなほさんが語る、瀬戸内寂聴さんとの深い絆。師弟を超えた関係性とは。
💡 晩年の瀬戸内寂聴さんのエッセイと、瀬尾さんとの関係。その最期の言葉とは。
それでは、まず寂庵について詳しく見ていきましょう。
寂庵開門のお知らせと寂庵紹介
瀬戸内寂聴さんの命日には、寂庵が公開されるって本当?
本当です
瀬戸内寂聴さんの生き様が感じられる寂庵をご紹介します。
瀬戸内寂聴さんの命日である11月9日、京都市右京区嵯峨野にある「曼荼羅山寂庵」は、12時~16時開門し、誰でもお詣りできます。
寂庵は、1974年に開かれた瀬戸内寂聴さんの私邸兼寺院であり、広さは500坪(テニスコート約6面分)あり、本宅である自宅は200坪です。
7LDKの豪華な日本家屋で、大きな玄関、14畳の和室、囲炉裏の部屋などがあり、2億円ほどの価値があるとされています。
寂庵は、瀬戸内寂聴さんの活動拠点であり、多くの人々にとって心の拠り所となっていた場所です。
寂庵以外にも、京都御所前に「羅紗庵」と呼ばれる別宅がありました。
これは、故佐藤長京大名誉教授の自宅でしたが、瀬戸内寂聴さんに譲り受けられました。
築後100年の羅紗庵を瀬戸内寂聴さんは2000万円かけて改修し、「句会」や「写経の会」などを開く「文化サロン」としてオープンさせました。
寂庵では、定期的に「写経の会」や「法話の会」が開催され、全国から多くの人が集まりました。
寂庵は、通常非公開で、拝観料金も公開されていません。
寂庵の名称は、寂聴の師である今東光大僧正が名付けました。
寂聴は中尊寺で得度し、その後比叡山で60日間の行を経て寂庵を開きました。
寂庵には本尊の聖観音像が安置されています。
寂庵では毎月1日に写経の会、第3日曜日に法話の会が開催され、毎月寂庵だよりが刊行されています。
写経の会は予約不要ですが、法話の会は往復はがきによる事前申し込みが必要です。
寂庵からのおすすめ散策ルートは、祇王寺、二尊院、常寂光寺、野宮神社、竹林の道を経由し、天龍寺に向かうルートです。
約30分の散策で嵯峨の自然を感じながら世界遺産である天龍寺へ行くことができ、京都観光を楽しむことができます。
秘書・瀬尾まなほさんインタビュー
寂聴さんと瀬尾さんの着物に対する考え方の違いは?
洋装派と和装派
瀬尾まなほさんの貴重なインタビューを通して、先生との関係性や、着物への想いについて紐解いていきましょう。
瀬戸内寂聴さんの秘書として10年間過ごした瀬尾まなほさんは、大学卒業後、寂聴さんのもとで働き始めました。
当初は出版関係の事務を担当していましたが、ベテランスタッフの退職により、25歳の若さで寂聴さんの秘書を引き継ぐことになりました。
不安を抱えながらも、父の言葉に背中を押され、寂聴さんと共に過ごすことを決意した瀬尾さん。
緊張と力みの中で日々を送っていましたが、寂聴さんと距離が縮まるにつれ、先生への愛情が深まっていきました。
瀬尾さんは、自身は洋装が好きで着物に抵抗があることを明かしました。
しかし、子供の七五三には着物姿を見せたいと考えているとのことです。
また、寂聴さんは出家前に着物に目がないほど好きで、原稿料のほとんどを着物に使っていたそうです。
寂聴さんの作品には着物に関する描写が多く見られ、その描写から人物像や季節感などが伝わってくることから、寂聴さんの着物への深い愛情を感じ取ることができます。
インタビューを通して、寂聴さんと瀬尾さんの着物に対する考え方の違いや、寂聴さんが着物を通して表現していた世界観が浮き彫りになりました。
寂聴さんの言葉や思いを伝え続ける瀬尾さんの活動は、寂聴さんが大切にしていた日本の文化や伝統を継承していくという点で、大きな意義を持つと言えるでしょう。
晩年の寂聴さんと瀬尾さんの関係
寂聴さんの最晩年の様子は?
笑顔で、最後まで創作意欲旺盛
晩年の瀬戸内寂聴さんの姿と、瀬尾まなほさんとの関係について見ていきます。
瀬戸内寂聴さんの最後の長編エッセイ『その日まで』(講談社刊)と、秘書を務めた瀬尾まなほさんの『寂聴さんに教わったこと』(講談社刊)から、寂聴さんの晩年の様子と、瀬尾さんとの関係についてまとめます。
寂聴さんは99歳で亡くなるまで、執筆活動を続け、人生の集大成ともいえるエッセイを完成させました。
瀬尾さんは、10年以上、寂聴さんの秘書を務め、その最晩年の日々を支えてきました。
寂聴さんは亡くなる前日も笑顔を見せ、瀬尾さんとの最後の会話は「ありがとう」という言葉でした。
寂聴さんは「寂庵を保育園にしたい」という夢を持っていましたが、具体的な計画は残していませんでした。
瀬尾さんは、寂聴さんの「しんどい」という言葉に寄り添いながらも、その創作意欲を支え、寂聴さんが最後まで自分の可能性を信じ続けたことを証言しています。
お知らせ
寂聴さんの近況は?
新刊やテレビ出演をチェック!
イベント情報など、お知らせをお伝えします。
当日は取材は不可となります。
寂庵だよりが休刊となりました。
寂聴が代表呼びかけ人を務める若草プロジェクトのシンポジウムが開催されます。
日時、場所、テーマなどの詳細は、若草プロジェクトのホームページでご確認ください。
寂聴の新刊情報、寂聴が出演するテレビ番組情報、寂聴のパネル展開催情報については、各媒体のホームページでご確認ください。
寂庵へのアクセス情報
寂庵へのアクセス方法は?
バス・徒歩・タクシー
寂庵へのアクセスについて、詳しく見ていきましょう。
寂庵は京都府京都市右京区嵯峨鳥居本仏餉田町7-1にあります。
場所は嵯峨釈迦堂前から徒歩約15分、京都駅からバスで約30分、嵐山駅から徒歩約30分です。
アクセスはJR京都駅から京都市バス28で「嵯峨釈迦堂前」下車、徒歩約10分、または京都バス7274で「大覚寺道」下車、徒歩約5分です。
地下鉄四条駅・阪急烏丸駅から京都市バス91で「嵯峨釈迦堂前」下車、徒歩約10分でもアクセスできます。
鉄道・阪急嵐山駅からタクシーで約15分、京福嵐山駅からタクシーで約12分、JR嵯峨嵐山駅からタクシーで約10分も利用可能です。
寂庵は定例行事の日以外は閉門しており、専用駐車場はありません。
仕事の御依頼はメールアドレス[email protected]までお願いいたします。
寂庵に関する写真や文章の使用は著作権の問題にかかわりますので、使用を希望される場合は事前にメールでご連絡ください。
また、瀬戸内寂聴さんを騙るメールが送られてくることがあるのでご注意ください。
寂庵に関する情報は寂庵のホームページで確認できます。
本日は、瀬戸内寂聴さんの世界を様々な角度から掘り下げました。
瀬尾まなほさんとの関係性、晩年の姿、素晴らしいですね。
💡 京都の寺院「寂庵」は、瀬戸内寂聴さんの私邸兼寺院で、特別な日に開門。
💡 秘書・瀬尾まなほさんが語る、瀬戸内寂聴さんとの深い絆と、晩年の支え。
💡 瀬戸内寂聴さんの創作活動と、その背後にある瀬尾さんの献身的なサポート。