『テルマエ・ロマエ』と歌舞伎の奇跡:ヤマザキマリと中村勘三郎の出会いと、叶わなかった夢とは?漫画と歌舞伎を超えた絆:『テルマエ・ロマエ』作者と中村勘三郎の友情物語
『テルマエ・ロマエ』作者、ヤマザキマリと中村勘三郎の奇跡的な出会い。銭湯への愛が漫画を育み、ギリシャ歌舞伎という夢へ。運命の出会い、別れ、そして希望を描く感動秘話。勘三郎の言葉が、彼女の創作活動と人生に魔法をかける。歌舞伎と漫画、異色のコラボが紡ぐ、魂を揺さぶる物語。

💡 漫画家ヤマザキマリと歌舞伎役者中村勘三郎の出会いは、雑誌の読者と演者という形で始まった。
💡 映画『テルマエ・ロマエ』をきっかけに交流を深め、ギリシャ歌舞伎という新たな表現に挑戦しようとした。
💡 中村勘三郎の逝去により、ギリシャ歌舞伎の夢は叶わなかったが、その絆は今も生き続けている。
今回の記事では、漫画家ヤマザキマリさんと歌舞伎役者中村勘三郎さんの出会いから、ギリシャ歌舞伎という夢が生まれるまで、そしてその夢が叶わなかった背景を紐解いていきます。
湯けむりの中の出会い:『テルマエ・ロマエ』誕生秘話
『テルマエ・ロマエ』誕生秘話!誰との出会いが運命を変えた?
中村勘三郎(波野)との出会い。
ヤマザキマリさんは、ポルトガルでの入浴体験から銭湯への憧れを抱き、漫画『テルマエ・ロマエ』を構想しました。
編集部の反対を乗り越え、中村勘三郎さんとの出会いが、その後の運命を大きく変えることになります。

✅ 漫画家のヤマザキマリ氏は、ヒット作「テルマエ・ロマエ」の読者だった故・中村勘三郎さんと出会い、映画化の際に再会。その後、ギリシャ歌舞伎を共に作る夢を語り合っていた。
✅ 勘三郎さんの逝去後、ヤマザキ氏はその妻である好江さんと会い、勘三郎さんがいつも仲間を繋ぎとめていた「また、ご飯食べようね」という言葉に、再び会えるような希望を見出した。
✅ ヤマザキ氏は、活力に満ちた勘三郎さんの姿しか知らず、その死に直面した際は涙が止まらなかったものの、好江さんの言葉に励まされた。
さらに読む ⇒女性自身[光文社女性週刊誌出典/画像元: https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1608759/中村勘三郎さんの温かい人柄と、ヤマザキマリさんの作品への情熱が重なり、素晴らしい物語が生まれましたね。
その出会いが、まさか映画化、そしてギリシャ歌舞伎へと繋がるとは。
漫画家ヤマザキマリは、ポルトガルでの生活で入浴できない経験から、銭湯への憧れを抱き、漫画『テルマエ・ロマエ』を構想しました。
編集部からの掲載拒否という困難を乗り越え、ある日本人補習学校の先生を通じて、シリアからの旅行者としてポルトガルに来ていた中村勘三郎(本名:波野)と出会いました。
ヤマザキは出来立ての雑誌の『テルマエ・ロマエ』部分を破り、ホッチキスで留めて彼に見せ、それが読者の第1号となりました。
この出会いが、後の様々な交流へと繋がっていくことになります。
いやあ、中村勘三郎さんの人となりが偲ばれますね。まさか、シリアからの旅行者だったとは驚きですな。そして、雑誌を破いて渡すとは、粋な話だ。
歌舞伎と漫画のクロスオーバー:勘三郎との友情
ヤマザキマリ、歌舞伎界とのコラボは何がきっかけ?
島田雅彦氏の作品と勘三郎からの誘い。
中村勘三郎さんは、歌舞伎界を牽引する存在として、様々な挑戦をしました。
その中で、ヤマザキマリさんとの出会いは、ギリシャ歌舞伎という新たな挑戦へと繋がります。

✅ 18代目中村勘三郎は、4歳で初舞台を踏み、映画やドラマでも活躍後、若手時代を経て、盟友と納涼花形歌舞伎を立ち上げ人気を博した。
✅ シアターコクーンでの公演を皮切りに全盛期を迎え、平成中村座の座元として仮設小屋での公演や、ニューヨークでの海外公演を成功させた一方、襲名後の申告漏れや健康問題にも悩まされた。
✅ 串田和美との出会いを機に、小劇場での歌舞伎公演という新たな試みに挑戦、野田秀樹とのコラボレーションによる斬新な作品を発表し、歌舞伎の新たな可能性を切り開いた。
さらに読む ⇒芸術教養学科WEB卒業研究展出典/画像元: https://g.kyoto-art.ac.jp/reports/3852/歌舞伎と漫画、異なるジャンルの表現者が集まり、新たな表現を生み出す試みは非常に興味深いですね。
TBSラジオでの対談も、ぜひ聴いてみたいです。
ヤマザキマリは、映画化された『テルマエ・ロマエ』のプロモーションで日本に帰国した際、勘三郎から食事に誘われ、作家の島田雅彦氏らと交流を深めました。
その席で、島田氏の作品をヒントにしたギリシャ歌舞伎を提案され、ヤマザキは美術を担当することになるという、新たなプロジェクトが動き出しました。
2022年6月19日のTBSラジオ『日曜天国』では、中村勘九郎氏との対談で、これらの出来事と、歌舞伎と漫画という異なる表現形式が交差するユニークな視点が語られました。
歌舞伎役者としての活躍はもちろんのこと、様々なジャンルとのコラボレーションにも意欲的だったんですね。常に新しいことに挑戦する姿勢には感銘を受けますね。
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勘九郎と父・勘三郎の絆。厳格な父との思い出、ギリシャ歌舞伎への夢、そして別れ...。漫画家ヤマザキマリとの交流を通して、希望を描く感動の物語。