横山やすし、破天荒な漫才師の栄光と挫折…息子が語る素顔とは?伝説の漫才師・横山やすしの知られざる姿
「毎度!横山や!」でお馴染み、昭和を代表する漫才師・横山やすし。破天荒な生き様と強烈な個性が、今もなお人々を魅了する。息子・木村一八氏が綴る『父・横山やすし伝説』には、知られざる父の顔が。溺愛する息子への愛情、嘘を許さない厳しさ、そして愛人への最期の言葉…。やすしの光と影、その家族愛に迫る感動のノンフィクション。彼の人生と伝説を、今、再び。

💡 横山やすしさんの生い立ちから、漫才師としての成功、そして晩年までの道のりを辿ります。
💡 破天荒な言動で知られるやすしさんの、知られざるエピソードや家族との関係性を紐解きます。
💡 息子・木村一八さんが著書を通して語る、父親としての横山やすしさんの素顔に迫ります。
本日は、昭和を代表する漫才師、横山やすしさんの波乱万丈な人生に迫ります。
彼の栄光と挫折、そして息子である木村一八さんが語る素顔とは。
破天荒な天才漫才師の誕生
昭和を席巻!横山やすしの漫才、何がすごかった?
やすきよ漫才とギャグで爆発的人気!
横山やすしさんは、西川きよしさんと出会い、漫才コンビ『やすしきよし』を結成。
その誕生秘話から、彼らの漫才がどのようにして人々の心を掴んだのかをご紹介します。
公開日:2023/11/19

✅ 横山やすしは西川きよしを漫才に誘い、きよしは最初は周囲の反対や自身の力量不足から断り続けた。
✅ 交際相手のヘレン杉本さんの助言を受け、きよしはやすしとのコンビ結成を決意する。
✅ きよしは、やすしとのコンビ解消後の生活についてまで考え、その覚悟を示す。
さらに読む ⇒ニュースサイト出典/画像元: https://mainichi.jp/articles/20231119/ddm/014/040/001000cコンビ結成の裏には、様々な葛藤があったのですね。
交際相手の助言も大きな力になったようです。
きよしさんの覚悟も素晴らしいです。
昭和を代表する漫才師、横山やすしは、1944年に高知県で生まれ、本名は木村雄二。
14歳で漫才師としてデビューし、横山ノックの内弟子を経て、西川きよしとコンビを結成。
「やすきよ漫才」で爆発的な人気を博し、「毎度!横山や!」などのギャグで一世を風靡しました。
1970年には上方漫才大賞を受賞し、まさに絶頂期を迎えます。
彼が漫才界にもたらした影響は大きく、数多くのファンを魅了しました。
いやあ、やすきよの漫才は面白かったなあ。あの頃はテレビの前で腹を抱えて笑ったもんだよ。やすしさんのあの破天荒さ、最高だったね。
栄光と挫折…波乱万丈の人生
やすし、晩年の苦難とは?
解雇、選挙、暴漢による襲撃。
やすしさんの人生は、栄光だけではありませんでした。
番組ドタキャンや、数々のスキャンダルに見舞われ、波乱万丈な人生を送られました。
その真相に迫ります。
公開日:2021/08/27

✅ 1984年8月19日に横山やすしがテレビ番組『久米宏のTVスクランブル』をドタキャンした背景には、彼の破天荒な言動が番組内でエスカレートし、問題行動へと繋がっていた事が挙げられる。
✅ 番組は久米宏と横山やすしの刺激的なやりとりが特徴で、ニュースや社会問題をテーマにしたVTRとスタジオトークを組み合わせた、現代の情報バラエティ番組の先駆けとも言える内容だった。
✅ 横山やすしは、番組において自由奔放に振る舞い、その存在感は際立っていたが、相方不在での単独出演や、吉本興業の戦略、さらには映画撮影など、様々な要因が彼の言動に影響を与え、最終的には番組ドタキャンの事態を招いた。
さらに読む ⇒FRIDAYデジタル出典/画像元: https://friday.kodansha.co.jp/article/200140?page=1破天荒な言動が、様々な問題を引き起こしてしまったのですね。
才能があっただけに、残念です。
何が彼をそうさせたのか、興味があります。
しかし、やすしは短気な性格や数々のスキャンダルに見舞われました。
タクシー運転手傷害事件や飲酒運転による人身事故など、不祥事も相次ぎました。
1989年には吉本興業を解雇され、芸能界を追放。
その後、復帰を試みるも往年の勢いを取り戻すことは叶いませんでした。
晩年には、参議院選挙への立候補や暴漢による襲撃という困難にも直面しました。
この時代は、スキャンダルが多かったですよね。メディアのあり方も今とは違っていて、色々な情報が錯綜していた記憶がありますね。
次のページを読む ⇒
横山やすしの知られざる顔!息子・木村一八が綴る父との絆と愛。破天荒な父が息子に注いだ愛情、衝撃の最期の言葉とは? 秘蔵エピソード満載。