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寺尾、惜しまれつつ逝く…?甘いマスクとダイナミック相撲で魅せた元関脇・錣山親方の軌跡元関脇・寺尾、その華麗なる土俵人生と、愛された人柄

昭和から平成を彩った人気力士、元関脇寺尾こと錣山親方が60歳で逝去。甘いマスクと力強い相撲で観客を魅了し、三役13場所、幕内93場所という輝かしい記録を残しました。北勝海らと「花のサンパチ組」として土俵を沸かせ、引退後は錣山部屋を主宰。弟子たちを厳しく指導し、角界の未来を担う力士を育てました。多くの人に愛された寺尾親方。その功績は、記憶に残り続けるでしょう。

寺尾、惜しまれつつ逝く…?甘いマスクとダイナミック相撲で魅せた元関脇・錣山親方の軌跡元関脇・寺尾、その華麗なる土俵人生と、愛された人柄

📘 この記事で分かる事!

💡 元関脇・寺尾の錣山親方が死去。甘いマスクとダイナミックな相撲で人気を博し、多くのファンに惜しまれました。

💡 井筒3兄弟の末っ子として育ち、高校時代に母を亡くしたことがきっかけで角界入りを決意しました。

💡 引退後は錣山部屋を創設し、阿炎らを育成。熱心な指導で角界の未来を担う力士を育てました。

今回の記事では、2024年1月に逝去された元関脇・寺尾こと錣山親方の人生を振り返ります。

土俵での活躍、師匠としての顔、そして多くの人々に愛されたその人となりについて、詳しく見ていきましょう。

土俵への道:井筒家の三男坊、寺尾の決意

元関脇寺尾、錣山親方の逝去。何歳で亡くなった?

60歳で逝去。

錣山親方(元関脇寺尾)の訃報に、多くの人々が衝撃を受けました。

本名は福薗好文さん。

井筒家の三男坊として育ち、角界入りを決意した経緯から、初土俵を踏むまでの道のりを振り返ります。

井筒3兄弟「みんないなくなった」 寺尾死去、出身地・鹿児島に嘆き 鹿児島県:朝日新聞

公開日:2023/12/18

井筒3兄弟「みんないなくなった」 寺尾死去、出身地・鹿児島に嘆き 鹿児島県:朝日新聞

✅ 元関脇寺尾の錣山親方(福薗好文さん)が死去した。

✅ 錣山親方は元井筒親方の三男で、甘いマスクとダイナミックな相撲で人気を博し、兄弟も元力士として活躍していた。

✅ 地元関係者は突然の訃報に衝撃を受け、幼少期からの親交や、錣山親方の活躍に勇気づけられたという思いを語っている。

さらに読む ⇒朝日新聞デジタル:朝日新聞社のニュースサイト出典/画像元: https://www.asahi.com/articles/ASRDL6SVCRDLTIPE019.html

錣山親方の死去は、相撲界にとって大きな損失ですね。

幼少期からの親交があった方々や、錣山親方の相撲に勇気づけられたという方、それぞれに様々な思いがあることでしょう。

元関脇寺尾こと錣山親方(本名:福薗好文)が60歳で逝去しました。

鹿児島県で生まれ、父は元井筒親方、長兄は元十両鶴嶺山、次兄は元関脇逆鉾という相撲一家、井筒3兄弟の末っ子として育ちました

高校時代に母を亡くし、その遺志を継ぎ16歳で入門を決意。

昭和54年名古屋場所で初土俵を踏み、力士としての道を歩み始めました。

母の旧姓「寺尾」を名乗り、その名の下、土俵人生をスタートさせました。

いやあ、寺尾関の訃報は本当に寂しいですね。あの甘いマスクと力強い相撲は、今でも鮮明に覚えていますよ。角界入りを決意したお母様の想い、そしてその遺志を継いだ寺尾関の姿、今一度振り返りたいです。

土俵での活躍:華麗なる寺尾の足跡

寺尾、土俵を沸かせた秘密は?

回転の速い突っ張り&下手投げ!

寺尾こと錣山親方の土俵での華麗なる活躍を振り返ります。

華麗な技の数々、数々の記録、そして「花のサンパチ組」と呼ばれた時代について、詳細に見ていきましょう。

元関脇寺尾の錣山親方が死去 甘いマスクで激しい突っ張り、人気博した「井筒3兄弟」 60歳、持病の不整脈の影響で入退院/スポーツ/デイリースポーツ online
元関脇寺尾の錣山親方が死去 甘いマスクで激しい突っ張り、人気博した「井筒3兄弟」 60歳、持病の不整脈の影響で入退院/スポーツ/デイリースポーツ  online

✅ 元関脇寺尾の錣山親方が、持病の不整脈により60歳で死去。甘いマスクと激しい相撲で人気を博し、「井筒3兄弟」の一人として活躍した。

✅ 引退後は錣山部屋を創設し、阿炎らを育成。協会の役員改選や体調不良を経験し、近年は体重が落ちるなど体調が優れない状況だった。

✅ 通算勝利数10位、幕内在位6位など輝かしい成績を残し、引退後も部屋を主宰したが、兄弟を相次いで亡くし、早すぎる旅立ちとなった。

さらに読む ⇒デイリースポーツ online出典/画像元: https://www.daily.co.jp/general/2023/12/18/0017141506.shtml

幕内在位93場所という記録は本当に素晴らしいですね。

小兵ながらも、あのダイナミックな相撲で土俵を沸かせた姿は、今もファンの記憶に深く刻まれています。

往年の活躍を改めて感じます。

寺尾は、北勝海や双羽黒らと共に「花のサンパチ組」と呼ばれ、昭和から平成にかけて土俵を盛り上げました

186cm、114kgの恵まれた体格に、筋肉質な体と甘いマスクで人気を集めました。

小兵ながらも、回転の速い突っ張りと下手投げを武器に土俵を沸かせ、三役在位13場所、幕内在位93場所という輝かしい成績を残しました。

幕内在位93場所は歴代6位という記録です。

39歳まで現役を続け、通算出場1795回、通算勝利860勝を記録。

三賞は殊勲賞3回、敢闘賞3回、技能賞1回、そして金星7個を獲得しました。

新十両昇進時に横綱のしこ名「源氏山」を名乗りましたが、母の遺言を守れなかったことへの恥ずかしさから、1場所で寺尾に戻すなど、真面目な一面も持ち合わせていました。

寺尾関の活躍は、まさに昭和から平成を彩るものでした。あの時代、テレビの前で家族みんなで応援したものです。あの土俵での姿をもう一度見たい気持ちになりますね…。

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元寺尾、錣山親方の温かい人柄と厳しさ。弟子を愛し、角界を支えた功績は記憶に。ちゃんこ、写真、そして豊真将との思い出…相撲ファンを魅了した一日。