岸恵子、90歳を超えても輝き続ける女優人生とは?岸恵子の華麗なる人生:女優、作家、そして今もなお。
映画『君の名は』で一世を風靡した女優、岸恵子。92歳にしてなお、旺盛な好奇心と揺るぎない自立心で人生を謳歌する彼女の軌跡を追う。フランス人監督との結婚、離婚、そして数々の恋愛… 波乱万丈の人生で彼女は何を学び、何を表現してきたのか。映画、演劇、そして執筆活動を通して、時代を生き抜く女性の生き様を描き出す、唯一無二のドキュメント。
💡 『君の名は』で人気を博し、フランス人監督と結婚。その後、小説家としても活躍
💡 鶴田浩二との恋愛や、結婚、離婚など、様々な経験を経て自立した女性像を描く。
💡 90歳を超えても執筆活動を続け、年齢を重ねても輝き続ける岸恵子の生き方。
今回は、女優、作家として活躍する岸恵子さんの波乱万丈な人生を紐解いていきましょう。
まずは、彼女の生い立ちから、女優としてのキャリアを振り返ります。
女優としての人生とフランスとの縁
岸恵子さんの映画デビュー作は?
『我が家は楽し』
岸恵子の女優としての出発点、フランスとの出会い、そして映画『長崎の鐘』での重要な役どころについて解説します。

✅ フランス人造船技師と日本の呉服屋の娘の悲恋を描いた日仏合作映画「長崎の鐘」は、イヴ・シャンピ監督によるオール日本ロケの超大作で、ジャン・マレー、ダニエル・ダリュー、岸恵子など豪華キャストが出演。
✅ 美しいカラー映像やスペクタクルな台風シーンなど見どころ満載で、岸恵子は本作で監督と結婚した。
✅ フランスから来たマルサック技師は、日本の呉服屋の娘・乃里子に惹かれるが、彼の元恋人のフランソワーズが現れ、乃里子の心は揺れ動く。そして、長崎に巨大な台風が迫る。
さらに読む ⇒トップ出典/画像元: https://www.jaiho.jp/video/detail/8QLJ3E/B33AMD/映画『長崎の鐘』は、日仏合作ということもあり、豪華なキャストと美しい映像が印象的ですね。
岸恵子さんの演技も、映画の魅力を引き立てています。
1932年生まれの岸恵子さんは、高校時代に映画『美女と野獣』に影響を受け、松竹に入社し、映画『我が家は楽し』でデビューしました。
その後、映画『君の名は』3部作の大ヒットで人気女優となり、1956年にフランス人映画監督イヴ・シャンピと出会い、結婚しました。
パリに移住し、フランス語を学びながら女優活動を続け、1963年に娘のデルフィーヌ=麻衣子・シャンピを出産しました。
しかし、1975年にイヴ・シャンピと離婚。
その後もフランスと日本を行き来しながら女優として活動し、現在も精力的に執筆活動を続けています。
2024年にはエッセイ『91歳5か月いま想うあの人あのこと』を出版しました。
いやあ、長崎の鐘、懐かしいねえ。あの時代の映画ってのは、独特の雰囲気があるもんだよ。岸恵子さんの若々しい姿が目に浮かぶようだよ。
フランス人映画監督との結婚と離婚
岸恵子さんとイヴ・シャンピの別れ、その理由は?
夫の浮気
岸恵子さんがフランスで直面した苦悩、そしてそこから自立していく姿について掘り下げていきます。
公開日:2022/02/04

✅ 岸惠子さんはフランスへの移住後、フランス語を猛勉強しソルボンヌ大学に入学するも、生活環境や価値観の違いから1年で中退した。
✅ 彼女は家事や社交の場では何もしないでいることに苦痛を感じ、精神的な不安定や不眠に悩まされた。
✅ 女優業のオファーは多くあったものの、夫であるイヴ・シァンピの表情を見て断ることも多く、フランス映画やスペイン映画などに出演するにとどまった。
さらに読む ⇒婦人公論|芸能、事件、体験告白……知りたいニュースがここに!出典/画像元: https://fujinkoron.jp/articles/-/5256?page=3フランスでの生活は、彼女にとって必ずしも順風満帆ではなかったようですね。
それでも、自立した女性として生きていく姿は素晴らしいです。
岸恵子さんとイヴ・シャンピの出会いは、1957年の映画『忘れえぬ慕情』での共演でした。
1年で結婚に至った2人の関係は、フランスへの移住を経て18年に及びました。
しかし、1975年に離婚に至ったのは、イヴ・シャンピの浮気が原因でした。
岸恵子さんは自身の著書『ベラルーシの林檎』の中で、彼の浮気の背景には深い孤独感があったと分析し、浮気を許せるわけではありませんが、彼の行動を理解しようと努めたと語っています。
文化の違いや価値観の相違ってのは、海外生活ならではの悩みですよね。でも、それを乗り越えて女優業を続けたのは、本当にすごいと思います。
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